メモ

2017年2月16日 日常
メモ
母親が年金を下ろした時に後をつけられたらしく、ひったくられて足を痛めて入院して、こんなバカな母親で生きていたくないといって、それから半年で死んでしまった。
年をとった母親をひとりで放っておいた後悔で押しつぶれそう。

唯一友人だと思っていた人から「後ろから応援するから、しばらくして時間ができたら連絡して」とメールがきた。
そういえば、引越しの手伝いとか頼むことが多いけど、こちらが頼むと理由つけていたなあと思い出す。
距離は戻らないと思う。
いま友人は誰もいない。
不思議と淋しくはないけど、やっぱり友人は欲しいなあと思う。

妹が年末にガンの手術で入院した。離れてひとりぐらしをしている母親がお見舞いに行こうとしたけど、「余計悪くなるから来ないで」と言われ泣いて
「若いのにガンなんて、変われるものなら変わってあげたい」と、さらに泣いていた。

妹が無事手術を終えてリハビリにはいって、少しして母が足を悪くして入院した。
姪が正月に遊びに行った時に母親の足の色が変わっていたので救急車を呼んだら、「こんなになるまで、なんで放っておいた」と救急隊員に言われたと泣いていた。
足の状態は思ったより悪く腿から切断しないといけないという。さらに腎臓も心臓も悪くなっているので手術に耐えられない可能性もあるという。
決断するのは自分、手術しないと数年で逝ってしまう可能性が高いという。
時間がないから、すぐに決断しなければいけなかったから、苦しませたくなかったから、手術しない方を選ぶ。手術しない選択は寿命を縮めることになりますと何度も念を押された。
手術をするなら別の大きな病院、しないなら別のリハビリを兼ねる病院に移すということだった。

そんなある日、昼間うとうとしていて母親の夢を見た。
母親と並んで自転車に乗っているんだけれど、母親はどんどん先に行ってしまってふりむきもしない。なんだ、元気じゃないと思ったら目が覚めた。
親の夢なんかみるのは何十年ぶりだろうと思って妹にメールしたその夜、病院から母親の容態が急に変わって危篤という連絡が来た。間に合わないだろうと言われたけど、真夜中、自戦車で急いで走ったけど間に合わなかった。
途中で光が走ったのを見たころに母が死んだとメールがきた。

入院してすぐに逝ってしまった。
自分が手術させなかったせいなのかもしれない。いつ逝ってもおかしくない年だしと言い聞かせていたけど、いないということが理解できない。
辛い思いもたくさんさせられたけれど、女手一つで育ててくれたんだなあと、楽しかったことしか思い出せない。

母親はいつも一緒にいたリラックマのぬいぐるみといっしょに火葬された。
棺の中で編み笠を乗せられるのを初めて知ったけど、今年の初夢で見た編み笠だった。夢の中の編み笠をかぶった人たちと一緒に母親も行くのだろうか。方向音痴だから間違えなければいいなと、もうそんなこと心配することもないのに考えてしまう。
妹と変わってあげたいと泣いていたから、幸せなのかな。。。

そんなことを思いながら2017年ははじまった。



コメント